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何がしたかったのだ〜マイケル・チミノ監督『天国の門・完全版』(15.05.22)

※わりとネタバレがあります。
※文章の最後に現代日本の政治に関するお聞き苦しい見解があります。

 マイケル・チミノ監督『天国の門』。1890年代にアメリカ西部のワイオミング州で起きたジョンソン・カウンティ(郡)戦争と呼ばれる、東欧移民の零細農家の、資本家大地主による虐殺を描いた問題作だ。
 というより『ディア・ハンター』で成功したチミノが莫大な予算を蕩尽するも興業的に惨敗・ハリウッド史上最大の失敗作とされる「呪われた映画」。自分は若いころ深夜のテレビ放映で一度観たきりだったが、1980年の公開では149分まで切り詰められたモノが、225分のデジタル修復完全版が公開されている・それも著作権の関係で、この版の日本での公開は最後になるらしいと聞きおよび、足を運んできた。
・映画『天国の門』デジタル修復完全版・公式サイト

 そもそも自分は、思いが溢れすぎ収拾つかなくなり整合性ガタガタ・中身残念系の「意欲的な失敗作」に弱い。(「親近感ですね」うるさいわ。)
 アメリカ史の暗部のような殺戮への興味・また単純に(軍隊同士の整然とした会戦でなく)カオス状態の叛乱や内戦が好きという描写面での関心もあった。後述するが、ヒロインをめぐる三角関係で負け役になるクリストファー・ウォーケンが実に好かった。
 反面、テレビで観たときには(十代だったこともあり)149分をひょっとしたら、さらにつづめた版だったかもなのに冗長で散漫・かつ何が起きてるかよく分からなかった面もあり、キチンと観直したかったこともある。

 かくして観直した結果。監督がいちおう納得したと思われる225分版を観てなお「これは失敗するわ」と思う一方「この長い版を観られなくなるのは、あまりに惜しい」ただし「いろんな人が観て、随所にツッコミ入れたり語りぐさにしてほしい」ネタの宝庫みたいな怪作と納得した。(いい語りぐさも沢山ある)

 どちらから書こうか。まず3時間45分の版を2時間19分まで切られて上映された時点で相当に遺憾なのだが、マイケル・チミノが撮った最初の最初の版は6時間だったと後から知ってひっくり返った。抑制ないんかと呆れる一方、その版もけっこう観たい。
 だがそれ以上にひっくり返ったのは、それほどの時間と予算を使って映画の内容が史実にまったく則してないこと。
 前述のとおり背景が分かりにくかったこともあり、事前に予習(復習)で拝見したブログ。
「ジョンソン郡の戦争(その1〜その3)」
 フロンティア時代のアンチヒーローたち〜西部アウトロー列伝(佐野草介)
この一つ前の記事「Butch Cassidy_ジョンソンカウンティー」を見ると、映画『明日に向かって撃て』のブッチ・キャシディと『天国の門』の運命が交錯しており、なんかすごいなアメリカ西部劇と思うのだが、ここでは措く。
 この記事によると「悪名高いジョンソン郡戦争」とは、同郡に一大勢力を築いた牛泥棒集団への、大地主・大牧場主連合による殲滅作戦なのだが、映画では東欧移民の零細農家が主役となり、武装抵抗するも鎮圧されたことになっている。映画のクライマックスとなる、古代ローマ式に丸太を並べた移動バリケードで反撃する闘いは現実には存在さえしない。
 さらに驚いたのは配役で、映画では大地主の手先で牛泥棒を殺して廻っていたネイト・チャンピオン(クリストファー・ウォーケン)こそが史実では牛泥棒のリーダー。クリス・クリストファーソン演じるジムと、イザベル・ユベール演じるエラも実在はするのだが、ジムは「東欧移民に味方し叛乱を指揮した保安官」ではなく一介の駅長・エラはその妻で史実では早々に殺されてしまっている。
 すごく適当にたとえると、吉田松陰が安政の大獄で殺されず江戸っ子を指揮して明治維新を指導・幕府側についた西郷隆盛と五稜郭で決着をつけたのが世に名高い西南戦争でございます、くらいの史実改変感。いろんな考え方があるのだろうが、上映に4時間も6時間もかける(そして監督生命も賭けた)映画が、こんなでいいのか。

 最大のツッコミどころを挙げてしまったので、後は落穂ひろいだが、主人公ジムとはハーバード大学で親友だったジョン・ハートが資本家側についているのだが、恐ろしいほど話に絡まない。「かつての志はどうしたんだ」「志なんて最初からなかったさ」と殴りあったり逆に「今なら間に合う、不法移民への肩入れなんかやめろ」と涙ながらに説得に来たりとか、全然ない。何の役にも立たないのに傭兵に混じってノコノコついてきて「去年の今頃はパリにいた…パリはいい…」と飲んだくれている。何がしたかったのだジョン・ハート、いやマイケル・チミノ。
 今回の再上映で(よい意味での)見どころのひとつは妙にツボをつくキャスト。
 上記の主人公たちに加えジェフ・ブリッジスミッキー・ロークが出ていたのだが、事前にジェフ・ブリッジスの名前しか認識していなかったため、たぶんミッキー・ロークが演じた役もブリッジスだと思い一人のキャラだと思っていた。このへんは監督ではなく自分の責任だが、出来れば観直しキチンと判別したい。
 往年の名優ジョゼフ・コットンも名を連ねて「おお」と思ったのだが「この最初に出てくるハーバードの学長かな?」と思ったら後で調べると全然別の人だった。このへんは監督ではなく自分の責任だが、出来れば観直しキチンと判別したい(泣)。
 さらに若き日のウィレム・デフォーがクレジットなしのエキストラで出演していたと知り「えーっ!」同じく「意欲的な失敗大作」カテゴリな『地獄の黙示録』のローレンス・フィッシュバーン以来の衝撃。出来れば観直しキチンと判別したい(号泣)。

 皆様なかなか観る機会がないと思うので遠慮なくネタバレしてしまうと、クリストファー・ウォーケン演じる(この映画での)ネイサン・チャンピオン、あらためて好い。(この映画では)娼館の女主人エラとの愛を、クリス・クリストファーソン演じる(この映画では)ハーバード出の保安官ジムと争うのだが、金持ちのジムが馬車なんかプレゼントしてるのにエラを自宅に招待してほら見て壁紙、東部の文化だぜと壁いちめんに敷き詰めるように貼ってあるのが新聞紙。泣ける。
 さらに(もう本当に最後までネタバレ)、エラへの愛のため(←史実では面識もなさそうなのですが)、雇い主だった資本家を敵に回し(←史実だともともと敵の指導者なのですが)、大量の傭兵に包囲され(←これは史実)、家に火をかけられ(←たぶん火はかけられてない)ああ、壁紙が、俺の壁紙が燃えちゃう…かわいそう!かわいそう!

 随所に美しい場面もあり、東欧移民らしいバイオリン弾きの少年などイイ感じのキャラも沢山いる。19世紀後半のアメリカ西部ってこんな風だったのか…と創作の栄養になりそうだけど、いやどこまで本当だコレという、盛り沢山に困った映画でした。観られなくなるのは、やっぱり惜しい。好き嫌いで言うと、嫌いにはなれません。(「やっぱり親近感…」うるさいってば)。
 
 そしてコレはまったくの余談(+政治的な遺恨にあふれた発言)ですが「村人を殺すなら礼状を見せろ」とクリストファー・ウォーケンに詰問され私の父は偉い役職で、私の叔父も偉い役職で、私は大統領から認可も貰ってて、ここでは私が法律なんだ!と逆ギレする悪資本家(サム・ウォーターストン)が黒髪に下がり眉・タレ目の坊っちゃん顔も相まって、「我々が提出する法案についての説明は全く正しい。私は総理なのだから」とか答弁で抜かしたどこぞの首相を思い出させて憎たらしいの何の。戦場でも不利になると「援軍を呼んでくる」と単身トンズラするし「◯ね!こいつ早く◯ね!」と思わず全力で呪った(※映画の悪役の話です)。連れてきた援軍、アメリカの国旗かかげてるし

本題とあまり関係ないけど、先ごろ逝去された船戸与一氏が別名義で書いたルポルタージュ。と思ったら今すごい中古高値がついてるので(現在1万円だってさ)無理せんでいい。興味あるひとは図書館で借りなさい。
(c)舞村そうじ/RIMLAND   ←1506  1503→  記事一覧(+検索)  ホーム