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積分の楽しみ〜マイケル・ポーラン『欲望の植物誌』(25.07.06)

 人が本を読んだり物語を享受したり、あるいは作り手として書いたり描いたりする時の「頭脳」というか思惟のはたらきには微分と積分、相反するふたつのベクトルがあるのだと考えている―
 ―などと言うからには自分は微分派なのだろう。つまり「この車は何処そこまで行けるぞ」という物語から「つまり時速○○ですね」と速度を抽出(微分)し、さらには「停まってる状態から走り出して、アクセル全開で○分で時速○○km/h(←さっきは微分・抽出の答えだったものを→)に達するということは(→さらに微分・抽出して)毎秒○○ずつ加速してるんですね」と加速度まで求める。それはどういう意味かと、そこからどういう法則なり真実なり・アルケー(起源)なり未来なりが導き出せるのかと問わずにいられない。
 こうした傾向を「微分」型と、仮に呼ぶものとする。
 「本サイトの主が勝手に作った概念なので 誰にでも通じると思って使わぬよう注意。」というキャプションと「微分(はぁと)」と思ってる自キャラ・ショコラタ姫(図書館妃)の挿し絵。
 点が三つあれば三角形を・点が二つあれば両者を結ぶ線分を求めずにいられない。本を読んで何かしら「発見」がないと読んだ気になれない…とは言わないまでも少なくともサイト日記(週記)に書ける気がしない(笑)。創作ですら最初に思いついたプロットが「こういう意味だったのか」と自分の中で「化け」ないと描いた気になれない(こういうタイプの描き手はどうしても自分の計算の外に「天啓」なり「物語の神様」なり「キャラが勝手に動いた」を想定しがちなのは別の話)。
 「私たちは、自分が理解もせず理解も出来ぬもの−因果律、公理、神、性格など−に物を還元した時、初めて物を本当に理解したと感じる」と皮肉たっぷりに看破したのはお馴染み社会学者のジンメル(『愛の断想・日々の断想』岩波文庫)だが、走る車から速度を・さらに加速度を微分・抽出しようとする思考のベクトルは「○○とは何か」「○○とは何かとは何かとは何か」「この世の混迷をすべて解消し人々を導く『たったひとつの音』があるんでないの(レッド・ツェッペリン「天国への階段」)」と究極の・最後の答えを求めがちで、したがって多くは不完全な人間の営みであるがゆえに破綻し、または(それこそ神とか)外部に突破口を求めようとし、そしてあるいは語り論評し物語る「対象」の破滅を求めるようになる。
 別になくてもいい画像ですけど文章ばかりだと疲れますでしょ、というキャプションで一面の雪に埋もれた長万部駅(90分待ち)の写真と「一望監視的(パノプティック)」の文言があり『監獄の誕生』だと分かるページ写真。
 昨年の冬、雪に埋もれた北海道の駅舎で(とても楽しい旅行でした)ミシェル・フーコーが、僕などにしてみればあんなに(対象=刑罰に関して)可能なかぎりを語り尽くしたように思えた、世間的にも彼の最高傑作と呼び声no 高い『監獄の誕生』を「ここで本書を中断する」という結語で終わらせたのを読んで「頭のいい人は、これでも満足できないのか(もっと遠くに行けないと気が済まないのか)」と半ばあきれたものだし(個人の感想です)、逆に有名な「人間の消滅」で終わる『言葉と物』には己の思索で世界を終わらせる昏い喜びが漲(みなぎ)ってはいなかっただろうか(個人の感想です)。

 けれど(こんだけまくしたてておきながら)今回のテーマは微分ではない。
 微分型の思考があり読書や創作があるならば、積分型のそれもあるはずだ。「この車の加速度はこれこれで、時速はこうこうです」→「それなら、いろんな処に行けますねえ!
 今年はじめの日記(週記)で歴史家のポール・ヴェーヌが「社会学は概論を抽出するために出来事を利用するが、歴史学は出来事を説明するために概念を利用する」と書いてるのを引用したとおり(今年2月の日記)―というか今回いままで書いてきた微分云々は、この2月にマクラで書いた話の焼き直しで、なんなら先般のジンメルの警句もソックリ同じ形で引用してるのですが(たぶん五千回くらい引用してるのではなかろうか。好きなフレーズなのだ)思えば折角いただき物のブローデル『地中海』全五巻をなんだかんだで読みあぐねているのも、まさにヴェーヌ言うところの歴史、積分の最たる著作という理由が大きいのかも知れない。
 微分しにくい・ただその道程を楽しめよという書物は、手一本でつかめるハンドルがないため、落ちないよう全体を両腕で抱きしめるしかなくて、扱いかねるきらいがある。特に読んだ後その感想を「まとめる」のは難しくて
 取っ手があると掴みやすいが、ないと全体を抱きしめるしかない。概念という取っ手つきのバッグを持つ羊帽の女の子(ひつじちゃん)と、ぬるぬる落ちそうなタコを「掴めないし気持ち悪い」とイヤそうに抱えてる舞村さん(仮名)。脚一本つかんでも「あ」本体の重さに負け滑って落ちそうになる図も添えて。
捉えきれないか、全体でなく足の一本だけ切り取って話を広げる、みたいなことになりがちだ。ずっと昔だけど石田幹之助『長安の春』(これもまさに歴史の本)でマスゲームの起源だけ切り取って日記の体裁を整えたように(12年3月の日記参照)。『命がけで南極に住んでみた』(21年3月の日記参照)も「この本(と描かれてる南極)全体を愛せ」という本で、すこぶる面白かったけど抽出には正直困ったし、(もう何年だったか忘れたけど)読んだ年のベストと何度か言及したはずの『タコの心身問題』も絶賛しながらキチンとした日記・週記の形では書きようがないまま今日に至っている。

 マイケル・ポーラン欲望の植物誌 人をあやつる4つの植物』(原著2001年/西田佐知子訳・八坂書房2003年→新装版2012年/外部リンクが開きます)は無類に面白い本だけど「4つ」の副題からも分かるとおり「たった一つの答え」を抽出する気はハナからない。こういう本が一番厄介なんですよ(嬉しそう)
 『欲望の植物誌』と中沢厚『つぶて』書影。続けて読んでる『つぶて』も名著の誉れ高いけど要約しにくいんですわ、また…
 いや、正確には抽象・還元できる「結論」は無いではない。人を惹きつける四つの要素=「甘さ」を代表するリンゴ・「美しさ」の具現化であるチューリップ・「陶酔」をもたらすマリファナそして「管理」欲によって整形されつづけるジャガイモ…人の手によって一方的に改造を加えられた・と・考えられがちな植物だけれど、それは花がハチを利用し・時に互いに最適化させるように、人と植物も相互に影響しあい「共進化」してきた、というのが本書の一貫したメッセージだ。
 けれど本書は概念を事例から抽出するのではなく、概念を敷衍して事例のほう=人と植物の関わりを説き広げていく積分のミッションだ。
 ジョニー・アップルシードの伝説やオランダのチューリップ・バブル、アメリカ人の著者自身がマリファナ栽培で危機一髪だった話(笑)にアイルランドのジャガイモ飢饉…積分的なエピソードが山盛りで退屈しない本書は、なるほど一方でハッとさせられる微分的なひらめきにも事欠かない。個人的に一番ビックリしたのは「人間はどうして花に美を感じ、惹かれるのかしら?」という「空はどうして青いの?」みたいに頑是ないかに思われる問いに「花が食べられる果実や種の存在を、しかも実際に果実や種が姿を現すよりも早く(だから上手くすれば競争者に先んじて)察知できる指標だったからではないか」という仮説で応えているところだ。花が多くもつ対称形の美も、それが健康の証であるがゆえに(病気や何かがあると対称性は崩れがち)好ましいもの=美と認識されるようになったのだ、と付け加える必要があるだろうか。
 しかし重ねて言うが、こうした抽象度の高い思惟も「人と植物の関わりの面白さ」という積分の楽しみに奉仕する一要素でしかない。
 マクドナルドの規格的なフライドポテトに心から魅惑され、それに適したジャガイモを確保するため遺伝子操作にまで手を出すアメリカ人の度しがたさは、抽象的・還元的・微分的な語り手の手にかかれば「こんな間違った世界は終わるべき」という終末待望論やメシアニズムの格好の素材かも知れない。だけれど著者はあくまでプラグマティックに別の種類のジャガイモを植え、積分的に世界を祝福しつづける。
 原著の出版から四半世紀が経過して、もうカエルの池は煮立っているんだが?と焦る立場からは何とも歯がゆくもあるけれど、自身(好奇心でマリファナ栽培に手を出したこともある(笑))園芸家で、日々庭で土をいじっている著者の「人と植物は共進化」「まとめて世界を抱きしめよう」という積分には、液晶ディスプレイを前に恐怖や焦り・憎しみに熱暴走しがちな頭脳を涼しくさせる効能もあると、認めざるを得ないだろう。

 スマートフォンにのめりこんで目の前の隣人には目もくれないまま、画面が訴える「吾々ファースト」に「いいね」するヴァーチャル国粋主義・観念的レイシズムの解毒剤に。

    ***   ***   ***
(25.07.12追記)取り上げたくなる四方山話が多すぎて逆に収拾がつかない『欲望の植物誌』ですが、このまま忘れてしまうには惜しい小ネタをひとつだけ自身の備忘も兼ねて記録しておくと、当初アメリカでリンゴ栽培が広まったのは自家製サイダー(シードル/発泡酒)の原料としての需要が圧倒的で、それが後には法制化までされた禁酒運動のあおりで窮地に陥り、健康志向の新路線で売り出すため考案されたのが「一日一個のリンゴは医者いらず」という「伝承」だったらしい。カリウムや食物繊維やポリフェノールでリンゴが身体にいいこと自体は事実だし、リンゴがウナギみたいにフードロス上等の乱獲で絶滅の危機に瀕することは当面なさそうだけれど、自分(たち)が自然発生のように思ってる伝承やら「常識」やらが、ある時期に創作考案された(それも往々にして広告のためだったりする)可能性は、たえず注意しておいたほうがいいのかも知れない。

祥瓊は石を投げ〜中沢厚『つぶて』(前)(25.07.13)

祥瓊はとっさに足元の石を掴んでいた。考えるより先に手が動いて、それを人垣の間から投げつけていた。しん、と人垣の声が途絶えた。
小野不由美『風の万里 黎明の空(十二国記)』

    ***   ***   ***
 当時人気だったシュビドゥバとかシャバドゥビダみたいなスキャットを大胆に戯画化したズビズバーという奇声に子どもたちのコーラスがパパパヤーと呼応して始まる怪曲、それが左卜全(ひだり・ぼくぜん)とひまわりキティーズの「老人と子どものポルカ」だ。
 ここでシュビドゥバ等について語りたい誘惑にかられましたが(シュビドゥバ、サバドゥビア、ドゥビドゥバー、ガダダヴィダーなどの文字の羅列に「やめんか」と後ろから舞村さんの頭をつかんで止める羊帽の女の子「ひつじちゃん」のイラストを挟んで)あまりにも無関係なので文末に送ります(語りはするんだな…)
一番の歌詞を書き起こすと
 ズビズバー パパパヤー
 やめてけれ やめてけれ やめてけーれ ゲバゲバ 
 やめてけれ やめてけれ ゲバゲバ パパーヤー
 ららら
 ランランらんららんらゲバゲバー(2回くりかえし)
 どうしてーどうしてーゲバゲバ パパーヤー
 おお神様 神様 助けてパパーヤー

たぶん「パパヤ」に引っ張られたのだろう、この歌詞を長らく「ゲパゲパ」パは半濁音だと勘違いしていた。実際は濁音のバで「ゲバゲバ」、老人がやめてほしいのは「ゲバゲバ」なのだった。
 大きな字で「×ゲパゲパ ○ゲバゲバ」と図解。横に小さく「タスケテー」と言ってる左卜全さんの挿し絵。
 ちなみに(他の部分は全部おなじで)二番では「ゲバゲバ」が「やめてけれジコジコ」に、三番では「ストスト」に変わる。ジコジコは事故事故、すなわち交通戦争による自動車事故の被害か、もしくは電車の遅延などであろう。同様にゲバゲバはゲバつまりゲバルト≒主に反政府的な暴力活動、そしてストストはストすなわちストライキを指すものと思われる。
 要するに、このお爺さんはストライキもゲバルトも交通事故と同じように迷惑でしかないと嘆いているのだ。ゲバルトは兎も角、正当な労働争議たるストライキは「隙あらば」とばかり応援している僕は困ったことに、このナンセンスなコミックソングを心からは楽しめなくなってしまった。と同時に、この同情や共感のなさが、デモ隊が機動隊と押しあったり、ストで電車が止まったりしていた時代の、世間の(少なくとも一部の)正直な反応でもあったのだろう―と思いもしたのである。
 ただし、こうした冷たい反応だけが全てではない。もしかしたら、それはそれで「断絶」というやつかも知れないが。

 中沢厚つぶて(1981年/法政大学出版局/外部リンクが開きます)は冒頭から、その執筆の動機を昭和42年(1967年)9月・佐藤栄作首相の訪台および訪米に反対した学生デモ隊の投石に受けた衝撃だったと書き起こしている。
「私を釘付けにした投石の光景は、私を単純に驚かせ、恐れさせたのではなかった(中略)共感にも似た心の作動があり(以下略)
 種を明かせば(中略)の間には「かつて少年時代に自分たちもこれをやったという懐旧の情おさえがたく」とあり、山梨・愛媛・加賀・鹿児島などでは明治維新後も続いたという子ども同士の(もっぱら川を挟んでの)石投げ合戦の記憶が本書の真の起点であり「共感」もゲバルト自体への無条件の支持と直結はできないのだけれど
 終盤「一揆・打ちこわしと礫」と題された第五章で一向一揆や島原の乱から米騒動などを経て昭和戦後の羽田での「石投げ」を説き起こし「年甲斐もなく血のたぎる思いであった」と心情を吐露、さらにその後もパリでソウルで、「およそ反体制デモなら必ず投石があるのを見せられ」
「民衆のつぶてが、時代とともに進歩改良される武器で武装した軍隊や警察機動隊に勝てるはずはない。だが、性こりもなくつぶては飛ぶ。こうしたつぶて打ちは権力に対する抵抗の石の強烈な表現というべきであろう」
と結論づける著者は、やめてけれゲバゲバ(ストスト)と嫌悪をあらわにする老人よりは、民衆の反抗にたいして寛容で鷹揚で共感的ではあるだろう。
 少なくとも、先週の喩えを蒸し返すなら、事故やゲバルトやストライキから「迷惑」という本質を抽出し神(もしくは公権力)の介入・調停を一心に求める「老人と子どものポルカ」は微分的・求心的な思惟にドライブされており、逆に投石(石投げ・印地打ち)という起点から遠心的・積分的に叙述を広げてゆく『つぶて』は同じ暴力を語っても、その導く先は清濁をあわせ呑み陰翳が深い。(この件も文末に送ります)
 先週とおなじく『欲望の植物誌』と『つぶて』を並べた書影に新しいキャプション「いかにも要約しがたい本みたく紹介していた先週の時点ではまさか今週『つぶて』を書くと思ってなかったよね…」
 先週の『欲望の植物誌』と同様『つぶて』も遠心的で要約はむずかしい。
 とはいえ論旨の展開は分かりやすい、もしくは「こう展開するのか」と腑分けする楽しみが本書にはある。
 終章で著者が提示したロードマップとは別に、本サイトではA.著者自身の少年時代の石投げ体験を起点に置き、かたや実用的な武器としてのラインとしてB.戦争での投石→C.民衆反乱での投石、かたや象徴的な側面からD.神事としての物投げ一般→(E.私刑としての石打ち)という二手に分岐するものと考えてみたい。
 Dの象徴的な投石・投物については次週に送ります(Eは今週の文末で軽くふれる)。かつて投石が戦争の主力兵器だった時代(B)を経て、いわば零落して庶民の反抗手段になった(C)という理解です。
 図解。著者自身の理解では起点にA.狩猟や撃退を目的として動物に投げられた石が置かれ、そこから対人の投石としてB.戦争での投石→D.遊戯としての投石が、神などに投げる投石としてC.儀式的な投石→転じてE.刑罰としての投石が導かれる。
 本書でまず驚かされるのはB.つまり弓矢や剣から火薬を用いた銃砲へという図式で閑却されがちな投石が、世界の戦史において占めていたウェイトの大きさだ。
 後にダビデ王となる羊飼いの少年が石投げで正規兵の巨人ゴリアテを倒したように、投石は非戦闘員によるゲリラ的な・イレギュラーな事態だと考えられがちではないだろうか。だが実際の古代世界ではギリシア・ペルシア・カルタゴなど各国はそれぞれ個性のある投石隊を有し(「ロードス島出身の投石手は、ペルシアの軽装舞台の投石手よりも小さい石を使って、二倍の距離を飛ばせた」など)場当たり的にそのへんの石を拾って投げるイメージとは真逆に、石や粘土・鋳型を用いた鉛の弾丸を製作するなど整然とした運用を見せている。また宋末を舞台にした『水滸伝』には官軍側に石投げの名手が登場し、そのひとり瓊英は夢中で授かった投石の術で軍中きっての女将軍と謳われたという(つまり投石だけでなく女将軍も存在したらしい)。
 さらに弩(石弓。後に矢を射るようになっても、この名前を持ち続けているのでややこしい)や投石機など戦争の主役級として投石が重んじられた時代があったのだろう。ここでは深追いしないけれど、石を一人前の武器・兵器とみなすことで古代〜中世あたりまでの戦争・戦闘のイメージはだいぶ変わってくるはずだ。
 
 一方で、無名の羊飼いダビデにも暗示されるように、投石には矢や剣・鉄砲まして近現代のミサイルや「重さ3kgを超える精密機械としての機関銃」(2016年の日記参照)など持つに持てない庶民たちの、手っ取り早い抵抗の道具というイメージも抗いがたく付随し、それは民草の蜂起に共感・共鳴する者の「血をたぎらせる」。
 小野不由美の異世界ファンタジイ小説『十二国記』に登場する祥瓊(しょうけい)は酷吏が支配する郷に流れつき、かの地で重税を滞納した者が見せしめで木製の刑具に手のひらを釘打ちされる刑罰を目撃する。思わず足元の石を拾い、処刑場を守る兵士に投げつける祥瓊。かつての公主でお嬢さま育ちの手が投げた石は力なく飛び、兵のひとりの背に当たっても倒すなどなく落ちて転がるだけだが「いま石を投げた不埒者は誰だ」と追われて逃げる中、そんな酷政を覆そうと反撃の機会をうかがう一団に救けられ、同志に迎え入れられる(『風の万里 黎明の空』)。
 羽田の投石に『つぶて』の著者が血をたぎらせたように、僕にとっては『十二国記』で五指に入る名場面・「年甲斐もなく血のたぎる」シーンだが、よく注意して読むと、祥瓊のけなげな投石は「いいぞいいぞ酷吏め、いいかげんにしろ」と呼応した民衆蜂起・には・つながらない。人垣を割って逃げる彼女に手を差し延べ、地方の反乱に立ち上がるのは(そもそも貴族の祥瓊自身も含め)つぶてではなく剣や矢で武装し、正規軍の兵や将軍として戦った経験もあるプロフェッショナルたちの「前衛」であり、民が手に手に石を取り投じる(パリコミューンでも光州でも羽田でも見られたはずの)光景が異世界・景国で繰り広げられることは到頭なく、事態は神託によって選ばれた王の強制介入で調停される。
 それが『十二国記』という物語の(近作は追いきれていないが)「史観」であり民衆観なのだろう。今の僕はそのことを多少残念に思うけど、それを同作の限界とか欠点とかあげつらう気はない。20世紀の独裁政治の悪夢を描いたジョージ・オーウェルの『一九八四年』でも、パーソナルな反乱に走って破滅する主人公はインテリ層の官僚で、支配に従順なプロレ(ニュースピークによる「プロレタリア」の省略表現)に蜂起を期待しても無駄だと分析されている。何より、祥瓊の投石でも「だからこそ今後は民の一人ひとりに独立不羈の王になってほしい」という陽子の初勅でもなければ責務だと思ったから王になる試練に挑んだ珠晶の無謀(『図南の翼』)でもなく、物語の端々で主人公たちを苦難から救ってくれる「ネズミさん(楽俊)」に帰依し「私もネズミさんに癒やされた〜い」と嘆いてみせるのが同作の感想の「型」になっていた(個人の観測の範囲です)(ので『図南の翼』を真に受け「責務だと思ったから」の台詞を胸に安保法制反対や共謀罪反対・ソ連のウクライナ侵攻やイスラエルのガザ虐殺に抗議するデモに参加していた馬鹿正直が「自分以外に」居たのなら逆に知りたいくらいです)ことが、少なくとも90年代に同作を受け容れた空気の中では、人々は祥瓊のように石を投げはしない・民草に蜂起は期待できないという同作の醒めた認識を裏づけていた(とも言える)と考えるばかりだ。
 「ここって異世界!?びっくり尭天(ギョーテン)!」と叫ぶズタボロ女子高生姿の景子に「そうですね 蓬莱から景国に来た海客の皆さん なぜか必ずそう仰います」と醒めきった顔で応じる景麒。5年くらい前に描いた絵。
 『十二国記』の初期エピソードには、60年代の学生運動の現場から異世界にテレポートしてきた人物が登場する。渡ってきた当時はたしか学生で、異世界では学のある客人として遇されている彼は、日本のことを「わたしが革命に失敗して逃げ出してきた国です」と語る。
 国会前に60万人が押しよせ岸政権を退陣に追い込み、羽田の投石で『つぶて』執筆のきっかけを作った(戦後の日本にもあった)民衆の反乱は、内ゲバや総括という名のリンチ・「あさま山荘」事件で敢えなく自滅する。『十二国記』作者の小野不由美氏は、もしかしたらその自壊の光景ばかりをリアルタイムに体感した世代かも知れない。
 それが「敢えない自滅」だった・そこで日本の反体制運動は未来を失なったという物語じたい、80年代レーガノミクスやサッチャリズム・新自由主義の「勝利」とソ連の「敗北」・天安門事件などを通して後づけで作られた「神話」な疑いも個人的にはあるのだけど(とまた話を散らして今週は終わる)。
 来週はぜんぜん違う・そしてひたすらしょうもない話をします。
 
    ***   ***   ***
【余談1】
 左卜全氏の「ズビズバー」が「シュビドゥバ」のパロディなのだと気づいたのは(例によって)ようやく最近のことだ。当時をリアルタイムには知らないので、ぼんやり知ってる範囲で並べてみると
・テレビ番組『11PM』(シャバダバ シャバダバー)の放映開始が1965年、
・青江三奈「伊勢佐木町ブルース」(ドゥドゥビ ドゥドゥビ ドゥビドゥバー)が68年
・加藤茶(たぶん)が間奏で「シャバダバダッ シャバダバダッ シャバダッ シャバダッ」と歌い上げる「ドリフのズンドコ節」が69年で
「老人と子どものポルカ」が70年。「シャバダバダ シャバダバダ…分かるかな?分かんねえだろうなぁ〜」のスキャット漫談(松鶴家ちとせ。知ってるかな?知らねえだろうなぁ〜)が流行った74年には、濁音のシャバダバではなく
「シャランラ シャランラ ヘイヘヘーイ シャランラッ」と歌う『魔女っ子メグちゃん』が現れ、80年サザンオールスターズ「シャ・ラ・ラ」で濁音のシャバダバは完全に息の根を停められる。一方で荒井由実が松任谷由実となり、フォークが「ニューミュージック」へと移行していった時期と不思議に重なる…というのは、もちろん冗談。もともとシャバダバダ、シャバドゥビといったスキャットは欧米のジャズやポップス由来だろうし(アイアン・バタフライの「ガダダヴィダー」はシャバドゥビ系のスキャットと関係あるのだろうか?←限りなくどうでもいい)昭和ポップス史にしても全然知らないからね。
 ただまあシュビドゥバ系のスキャットが当時一世を風靡していたこと+「ズビズバー」がその流行へのコミックソングらしい敏感かつ・お手軽なアンサーだったのは間違いないでしょう。
・参考〜令和に蘇ったシュビドゥバ:フランシュシュ6号 - リトルパラッポ(アニメ『ゾンビランド サガ リベンジ』挿入歌/YouTube/外部リンク)

【余談2】
 神事・儀式としての投石については来週(しょうもない形で)述べる予定ですが、そこから派生したとも、また民が投じる礫の負の側面とも言えるのが、権威への反抗ではなく民みずからが権威となって投げつける刑罰・リンチの石だ。
 「石もて故郷を追われる」という言い回しがあるように、また新約聖書の「罪のない者だけが彼女に石を投げなさい」の説話どおり、満場一致によるスケープゴートの放逐・殺害の手段となるのが投石であり(なので『つぶて』もまた無条件な投石礼賛の本ではない)創作の分野でこの経緯をもっとも端的に(残酷に)示しているのはシャーリー・ジャクソンの短篇「くじ」であろう。『つぶて』の考察は創作物には及んでいないので、記しておく次第である。

エリナー・リグビーは米を拾う〜中沢厚『つぶて』(後)(25.07.20)

ロボットどんどこどん ロボットどんどこどん
昔は音楽が好きだった 今は髪の毛が大好き

「ロボット」山本精一&Phew

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 人類史の中で見過ごされがちな「投石」の意味と存在感を大きく掘り起こした中沢厚『つぶて』。先週の日記(週記)では多岐に亘る同書の論述を、著者自身の原体験であるA.子ども同士の石投げ合戦を起点にBC.対人戦闘としての投石・EE.儀式としての投石の二系統に分け、もっぱら前者について考察した。Eがダブってるのは今、気がつきました。
 上記のA→BC・EEを図表化した前回のカット(抜粋)
Aを起点に置いたのは、子どもの石投げ合戦が大人のシリアスな戦闘の遊戯化であると同時に、それが端午の節句の行事であったり、また(シリアスな戦争とは別に)田植え前に大人が二手に分かれて投石合戦を行ない勝ったほうが豊作になる的な儀礼をも源流に持っている・と(僕には)考えられたからだ。
 子どもの石投げ合戦には何の利得もない(子ども同士の威信はかかってるだろうし時にそうした精神的な威信・面子は武力や経済以上の意味を個人的にも社会的にも有しうるけど今回は踏み込まない)が、大人の儀礼には豊作という現実の利得がかかっている。だが勝者が敗者に言うたら即物的に領土や捕虜や賠償金を要求する戦争と違い、投石儀礼の利得は「神様なり何なりが勝者に豊作をもたらす」とクッションを置いたものであり、投石には物理的な威力だけでなく迷信や呪術や魔法的な次元が(も)あることを教えてくれる。
 (唐突に)今週のまとめ:投石には(てゆか人の行為全般)物理的な力だけでなく迷信や呪術や魔法的な次元もある(笑顔で「はー!」と言ってる『まほう使いプリキュア』はーちゃんこと魔法学校の三角帽をかぶったキュアフェリーチェさんの挿し絵を添えて)
むろん、その迷信や呪術や魔法的な力が(物理的な暴力とはまた別の次元で)心弱い人たちから金品を巻き上げ、強制や隷従や大虐殺までもたらしてきたことも、今の吾々はよく知っているわけだが。

 石投げの持つ象徴的・呪術的側面について『つぶて』では第四章「石投げ民俗考」に詳らかである。
 また例によって多彩すぎるので端折りますが、著者も体験している子ども同士の投石合戦は元々「成年戒」(少年から大人へと共同体の中での身分が移行する儀式。元服とか成人式的なもの)に由来するというのが折口信夫の説。これにともない日本に見られた割礼の風習・男性器の取り扱いについて実は意外な指摘があって「数年前に話題になった関連書も読まなきゃなー」と思ったのだけど今回の日記(週記)での僕の関心とは無関係なので措く。ただ忘れないため自メモとして記しておく次第です。
 ともあれ思春期に少年から大人に変わる(いきなりJ-POP挟むなや)通過儀礼で少年は石に埋められたり石を投げあったり、高い木に登って(度胸だめし)石ならぬ祝いの団子を逆に下に集まった人々に投げつける側になったりする。投石から、石以外のモノ一般を投げつける・ことが祝福になる儀式全般へと話が進みます。追儺・鬼やらいと呼ばれる節分の儀式では(ちなみに中沢氏は中国では大晦日に行なわれる追儺の儀式が、日本では節分の豆まきになったとしているが、節分をイコール旧正月と思えば両者に時期のズレはない)豆は鬼を追っ払う兵器であると同時に、成田山に顕著なように人々に投げられバラ撒かれる幸運のアイテムでもある。
 正月、成人式と節目の祝いが続けば、とうぜん婚礼にも石(やら何やら)が投げられる。「婚礼の夜に、その家に瓦礫を飛ばせる、かかる石打ちは元禄二(一六六九)年に禁じられた」と言うからには、当然それまでは投げられていたことになる。そして「東北の辺土にては今も残りて人これを怪しまず」と記述は続いている。いずれも藤岡作太郎・平出鏗二郎『日本風俗史』(1897年)からの引用である。あるいは花婿や婚礼の行列に水をぶっかける水祝儀という習わしも長く続き、あんまり酷いことにならないよう丸く納めるのも仲人の腕の見せどころと言われた由。
 同様の風習はヨーロッパにもあって「ボローニヤでは、市の規則で禁じられていたにも関わらず(やっぱり行政は禁じるのね)新夫婦に雪や、通りにあるおがくずや食物のかす、花吹雪の起源であるに違いない紙切れなど、何でもかんでも投げつけた」という(G・ドークール『中世ヨーロッパの生活』原著1968年/大島誠訳・白水社1975年)
 白水社=文庫クセジュというので、よもやと思い確認したら持ってたよこの本(笑)ということで『中世ヨーロッパの生活』と『つぶて』を並べた書影。(『つぶて』は図書館で借りました)
さすがに当該箇所に線は引いてなかったけど(まだ自分の本には平気で線を引いてた頃)代わりに近接する一節:(結婚が記録簿に残されるわけでもなかった当時)「立会人たちは、たったいま行なわれたことの思い出をよりよく記憶に留めておくために、激しい平手打ちとげんこつを互いに食わせ合った」にチェックが入っていた。どうしてこう野蛮なんだ昔の人々とあきれる一方、こうして並べると「結婚おめでとう!何でもいいから投げつけろ」と「おめでとう!いっちょ皆で殴り合うか」は何か儀式としての暴力というのか、不思議な側面で共通しているのかも知れない。
 盛大に話が逸れてしまったけど『つぶて』の記述に話を戻す。紙切れや食べかす以外に、新郎新婦に穀物を投げつける習慣が主にアングロサクソン系で見られたという。穀物=多産のおまじないという解釈だが、結婚式だか新婚旅行の出発式だかで新郎新婦に米粒を投げつける風習を「ライスシャワー」と呼ぶのではなかったか。競走馬の名前にもなっていたと思う。僕は結婚式なる儀式に参加する機会が極度に少ない人生を送ってきたので(泣いてないよ?)現物に遭遇した経験はないのですが、ビートルズの楽曲「エリナー・リグビー」の主人公は孤独な女性で、結婚式で撒かれた米を後で拾ってるという描写がある。
 もう一人の主人公=破れた靴下を夜中に一人つくろうマッケンジー神父に引っ張られて誤解しがちだが(しねえよ)(そして穴の開いた靴下をつくろうことは恥じゃないよ)地に落ちた祝いの米粒まで糧にしている貧しい女―ではなく、ブーケトス(これも結婚にちなんで「投げられる」祝福の呪物だ)のように撒かれた米で自分も良縁を拾えたらと願ってるのかも知れない。悲しい歌なのだ。
・あまりに有名な曲だけど、いちおう貼るかThe Beatles - Elenor Rigby(YouTube/外部リンクが開きます)

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 ボアダムズ・羅針盤・想い出波止場などなど数多くのユニットで活躍する山本精一氏の『なぞなぞ』(2003年)はギター一本で弾き語るソロアルバムだが、飄々とした語り口でけっこう可笑しいような怖いようなことを歌っている。
弱虫をいじめて楽しいのか 弱虫いじめて楽しいのか
半世紀前のプロテスト・フォークみたいに真面目そうな歌い出しで始まる「弱虫」は
そんなに楽しいのなら一緒にやらせてくれ
と早々に話をひっくり返す。
一緒にやらせてくれ 一緒にやらせてくれ
弱虫いじめて ひと儲け

と続くあたりは少し調子に乗ってる気もするけれど、この後さらに逆転が待っている。
実は弱虫オレだった
実は弱虫ボクでした 実は弱虫オレだったぁ〜
「ギターをかき鳴らして誤魔化すんだ ギターをかき鳴らして誤魔化すんだ ギターをかき鳴らして…」
と畳まれる歌詞はかすかに聞こえる「弦を切って誤魔化す…」に、大昔に君はギターの弦を切ったことが云々という自叙伝を出版していた大物フォークシンガー(今は愛国云々言っているので先ほど調子に乗ってると書いた「弱虫いじめて ひと儲け」はかなり痛烈かも知れない)を狙い撃ちで揶揄してるのかもと邪推したくもなるけれど、おそろしく今(2025年)の「ふつうの日本人」一般に当てはまる歌詞でもあるだろう。今回の日記の主旨には全く関係ないんだけど(ま・た・か!)いい機会なので引用させてもらった。今回の選挙の結果、どう思いますか皆さん。
 それを言ったら冒頭の「ロボットどんどこどん」時局にすら関係なく単に好きなので引用した(鍵型の手に髪の毛らしきモノを持って(やめい)笑ってるロボットの挿し絵つきで)
 今回の日記(週記)的に、本題になるのは同じアルバムに収録された「もの投げるなや」という曲だ。
腹が立つからといってモノを投げるなや
モノは投げたら壊れるんだ
頭にきたからといって人に当たるなや
人だって人だから…

と、これも常識的な人生訓に思える歌詞だが、やはり同じような転調(?)を見せる。
人は怒る 人は怒る 人は怒る 人は怒る
そんなことも分からなかったのか …オレは

ちょっと待て、腹立ちまぎれにモノを投げていたのも、人に当たって怒らせていたのも「オレ」なのか。自戒とゆうか自己反省の歌なのか。だが続く歌詞は「本当に反省してるのかぁ?」と疑いたくもなる。
正月だから賽銭箱の真横に座りこんで
外れて落ちる小銭を拾い集めるのはやめろ
(以下略)
「やめろ」も何もこの正月に賽銭箱の隣に陣取ってるのも「オレ」なわけだが、疑問なのは(わりとどうでもいい疑問なんですが)ふたつ。
 まず作詞者の山本氏は、この賽銭ドロ、いや窃盗じゃなく拾得物横領なのだが、この歌詞を書くとき米を拾うエリナー・リグビーのことが脳裏をよぎることはあったのだろうか。あってもなくてもいいので本当どうでもいい疑問なのですが(なら書くなよ、「書くなや」)
 もうひとつは言うまでもなく、その「賽銭を投げる」習慣は中沢氏いうところの神事なのか、ということだ。
 賽銭箱まで近づいて「ハイ」とコインを落とす=対価・契約・合理的/賽銭箱の遠くから「エイっ」とコインを投げて入ったり入らなかったりする=賭け・当たるも八卦・儀礼?
 「あの」ではなく「その」と書くからには、僕じしんはライスシャワー同様、誰かが神社の賽銭箱に遠くから・人混みの後方から貨幣を投げる光景を実体験として見たことはない(気がする)が、ここでは数多くの叙述を信じて実在の風習だと仮定する。
 さて、人が大人しく順番を待ってガランガラン鳴らす綱の前まで辿りつき賽銭箱に確実にコインを落とすのでなく、それを遠くから投じるのは「列が進むの待つのは時間の無駄」「外れても神社のバイトとか誰かが後で拾って納めてくれるだろう」といった純粋に合理的な判断なのだろうか。それとも、そこには「外れるかも知れないモノを遠くから投げるのが神なり何なりと交流する正しいやりかた」だという古来の宗教観が残存しているのだろうか。
 
 『幸福論』で知られる哲学者アランは、幼児の世界は呪術的なものだと説いている(らしい)。泣くとオムツを替えてもらえる・ほほえむと頭を撫でてもらえる、幼児が世界に向かう方法は「説得」であり、それが対人だけでなく事物の世界にも通じるという世界観をアランやアランの研究者たちは呪術・魔法・おとぎ話と呼んでいるのだ。
 子どもが泣いて食物を得るように、呪術師は呪文や儀式で雨を降らせるよう自然を「説得」せんとする。だが呪文や儀式で鉱石から鉄や鉛を精製することは出来ない。モノにはモノの秩序があり、そこから成果を引き出すのに必要なのは「説得」ではなく「労働」だというのが、アランに言わせればデカルト以後の世界観になる。そして対人の交渉や説得で成果を得られるのはブルジョアの仕事で、モノの原理(物理)に準じて成果を引き出さなければいけないのがプロレタリアートの労働だという、また別の二項対立(ブルジョアとプロレタリア)も引き出される。
米山さんの部屋 - アランの言葉から(9)大人と子供(外部リンクが開きます)
 言い替えればデカルト以前の人たちは自然を物体として扱うことを知らず、話せば通じる相手と「擬人化」していた、ということなのだろう。
 なるほど、と思う一方、魔法や呪術を信じていた「非近代」的な人々が信じていたのは、そう単純に「説得」と呼べるものだろうか…という疑問が生じる。雨乞いをすれば雨が降る、トベリーノ・トベリーノと唱えれば空が飛べる、ピピルマピピルマと唱えれば変身できる、リーテ・ラドバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリールと唱えれば(以下略)、賽銭箱にお金を払えば健康や合格や恋愛成就が得られる…魔法や呪術というものは、そんな交渉や交換条件・等価交換みたいに簡単なものだろうか。
 石の鳥居の上に乗った数々の小石、のイラスト。
 すごく久しぶりに『つぶて』に話を戻すと、件の第四章で著者は石の鳥居の最上部(笠木)の上に小石を投げ上げ、乗っかれば願いが叶い・そうでなければ…んーどうなんだろうという事例を紹介している。これなら僕も実際に見たことがあるかも知れない。
 類似した事例で取り上げられるのは路傍の道祖神やお地蔵さんに小石を手向ける風習で、中沢氏は(鳥居のような)「願とか占とかは後々のあり方で」本来これらは「カミ・ホトケとの交流のしるしであったとした方がいいのではないか」と書いている。そして注目すべきは人が賽銭箱に、あるいは寺社の池や手洗いの水場なんかに、なんなら鳥居の上にまで貨幣を捧げたり投げたりするのも「金銭故に、授かるはずの御利益の代償のように思われ勝ちだが、実際は金額にそんなに高下のないのをみればもっと別の意味があると思うべきだ」と指摘し、こう続けていることだ:
 貨幣経済が浸透する前は、人々は石ころで神仏と交流することが出来た。
 もちろん後には幣(ぬさ)とか御幣とか御幣餅=五平餅みたいに、交流の捧げ物は形式や実質的な栄養分を有するようになり、ゆくゆくは共通の価値の尺度たる貨幣に替わる。けれど鳥居の上に小石を投げるのは、願い事の成就という対価を得るための支払いではなく、言うなれば「おーい」「こんにちわー」といった挨拶がわりであった・そういう側面も忘れてはならないのだと考えられる。
 そしてこれは『つぶて』の著者より、読んだ当方の勝手な敷衍が強いのだけど、石なり貨幣なりを置くのでなく(手向けの場合には置くわけだが)投げるというのは、神なり自然なりと交流するには、契約として対価を支払って確約を取りつけるのとは別の、あくまで「呼びかけ」・願いを聞いてもらえるかは運次第という原則をも、示すものではなかったろうか。
 呪術は説得で労働は技術だという二分法は、呪術には「外れ」もあるという側面を忘れさせてしまう。現実には雨乞いは失敗もするだろうし(むしろ大人の常識で考えると偶然以外に成功する理由がない)面倒くさいので略すが、世の中にはまさに「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉がある。そして実はその「外れるかも知れない」という側面こそが、呪術や魔法を神事たらしめていたのではないか。『つぶて』の著者は「願とか占」を後から派生した不純な要素と捉えているようだが、むしろ占いや賭けの要素を「神との交流」と切り離せない本質と考えられないか。
 そうでなければ、なぜ人はトレビの泉に、わざわざ背を向けるのだろう。美しい景勝地を再訪できることは、泉に投じられたコインの対価では(少なくとも対価「だけ」では)なく、加えて何か「賭け」の要素が必要だからではないか。貨幣が価値の基準として浸透する前には、石で十分替わりになったという中沢氏の説は、人が事物や神霊(どちらも「モノ」という)の世界に接するには、説得と労働の二元論とはまた別の「賭け」という第三の要素があったことを敷衍で想像させる。
 呪術的な価値観で物体や自然現象に向かった昔の人々は「物には物の法則があることを無視して、説得で人の都合を押しつけられると考えていた」わけではないだろう。呪術を恃む人たちにとっても事物が言うことを聞いてくれるかは賭けであり、人を相手にネゴしたりゴネたりするようにはいかない・別の世界だという認識は、デカルト以後の「物は物」とは別の形で確保されていたのではないか。

 人間世界の外(神仏なり自然なり)とつながるには人相手のネゴやゴネ・合理的な説得とは別な「賭け」の要素も必要なのだ―という思想は、このところ何度か日記(週記)で小出しにして書いているように創作において「天啓を得た」「キャラが勝手に動いた」「物語の神様に書かされている」といった他者性・他律性とも無縁ではないだろう。僕は使ったことがないけれど、ブライアン・イーノは「Kの文字で始まる言葉に注目」とか「二つの要素を入れ替えてみたら」みたいに創作の行き詰まりを偶然の「託宣」で解決できるカードのセット(オブリーク・ストラテジーズ)を制作し、自らもそれを使って音楽を作っていたという。外部世界との接触としての創作に、当然として未知なる偶然への「賭け」が付随するなら、創作はやはり(創作の)神様に捧げる神事となりうるだろう。このテーマは、いち創作オタクとしても個人的に面白いのだ。
 と同時に、神との交流が賭けであることもまた、藁にもすがる思いで神の加護を求める人々にとっては破壊的な害となるだろう。ゲームで「ガチャ」を引くことは、麻薬なみかソレより酷い依存症を引き起こすと警告もされていたように思う。信仰が貢いだ分に応じた御利益の等価交換「ですらなく」SSRの御利益が出るまで課金をやめられないギャンブルと化した地獄は、想像するに余る。
 そういう意味でも(つぶてが機関銃に、ピンポイント爆撃に変わったのとは別の意味でも)小石を投げて済んでた頃から、あまりに遠くまで人は来てしまったらしい。どうすれば数々の過ち・行き過ぎを解毒できるのだろう。
山本精一 - 弱虫(YouTube/外部リンクが開きます)
山本精一 - もの投げるなや(同上)

僕の知らない物語〜アイザック・アシモフ「夜来たる」(25.07.27)

あれがデネブ アルタイル ベガ 君は指さす夏の大三角
「君の知らない物語」supercell (feat.nagi)

てゆうかアレ、やなぎなぎ(nagi)さんだったんだ。いいよね、やなぎなぎさん…とエピグラフから「相変わらず何も知らなかった舞村さん(仮名)」フルスロットル。
やなぎなぎ − ビードロ模様(YouTube/外部リンクが開きます)

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 アイザック・アシモフの短篇「夜来たる」は先に北杜夫氏のエッセイで内容を知った。このエッセイ自体ほぼ完全にネタバレだったのをいいことに、以下の文章も完全ネタバレとなります注意
 数千年に一度、それまで築き上げた高度な文明を人類がみずから破壊し、また未開時代からやり直し…という不思議なサイクルを続けてきた惑星がある。何度目か何十回目かのサイクルの終盤=また滅びる頃合いってあたりで、この謎の周期にようやく気づき「なぜだ?なぜ過去の文明は滅びたのだ?」と疑問をいだく科学者。だが繰り返す滅亡の理由は、実際に来てみないと分からなかった。実はこの惑星は複数の太陽をもち「夜」というものを知らなかったのだ(よく沸騰せず生きてこれたなと思うが、そのへんは上手いこと行ってたんでしょ)。それが数千年の周期で、全部の太陽が他の惑星の陰になったり何だりして「夜」に見舞われ、パニックのうちに滅びてきた。その恐怖を伝えるべき記録も、文明じたいも都度つど滅ぼしてきた「夜」が、そしてまた来る。「何これ怖い!」「明かりを!誰か明かりを!」かくして火が放たれ、またしても…
 後にアシモフの原典を読んで、ここまで完全ネタバレだった北氏が一ヶ所、敢えて書き落としていることに気がついた。紹介だと夜が来た→暗いよ怖いよ明かりを灯せ→放火(失火)みたいに読み取れた破滅の様相が少し違う。「真っ暗で怖い」どころか、むしろ問題の惑星(多重恒星系)は銀河のど真ん中・辺縁に位置する吾々の太陽系からの眺めなどより何倍も何十倍も盛大にさんざめく星々の真っ只中にあったのだ。たしかそういうオチだったと思う。違ってたらごめんなさい
 なくてもいい図解。真ん中が盛り上がった目玉焼きを二枚・表裏一体に貼り合わせたような銀河系(断面図)の、端の薄い部分に位置する地球と、真ん中の盛り上がった卵黄のあたりにある「夜来たる」の星。
 夜が来る→真っ暗→怖い→放火→滅亡のほうが分かりやすい気がするが、逆に簡単すぎて味が薄いということ、なのだろう。初めて、いや数千年ぶりに自分たちが住む以外の星々の世界の存在を知らされ、いや、そこに自分たちと同じような文明すらありえるのだと知る間もなく、もしかしたら人類を数千年ごとの滅亡から・そもそも他の星の存在さえ知らずにいた孤独から・救い出してくれたかも知れない星々を目の前に、ただただ強烈すぎる存在に圧倒され、理解も受容もできずパニックで自滅してしまう憐れさこそ、よりSF的であるらしい。
 広い視点で見れば「相手が格上すぎて(ついでに言うと人間的な情とか通じなくて)ファーストコンタクト失敗」はクラークの『幼年期の終わり』からティプトリーの「そして目覚めると」、最近だと『三体』まで一貫したSF界の裏テーマと言えなくもなかった。それを(人類の独り相撲とはいえ)高度な匂わせで暗示したと思えば「夜来たる」は見ため以上にメタ的・ジャンル自己批評的な、新古今和歌集みたいなSFと言えるかも知れない。例によって考えすぎの可能性も高いが

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 ともあれ、パニクって文明を滅ぼすとは行かないまでも(銀河系の中心とは星の密度も違うし)それくらい圧倒され怖くなるほどの星空なら逆に観てみたい気もする。たぶん観たことないんじゃないか。少なくとも自分のばあい、天の川すら肉眼で拝んだことがないのだ。
 いや天の川なんて山奥にでも行かない限り観れないモノだろうと思っていた。それがどうやら近場だと(いま住んでる横浜から普通電車でも一時間弱の)国府津あたりで立派に拝めるらしい…というのが今年1月の日記で判明したことでした。憶えておいででしょうか、半年前の自分は書いていた:「天の川のシーズンは夏らしいから半年後の自分に期待」
 1月に載せた地図の再掲。JR東海道線で東京→横浜間より少し長い距離の小田原駅・その少し手前に国府津駅があります。
 …来たじゃないですか半年後。7月の新月は26日の土曜ということで、行ってきましたよ国府津。というか小田原。
 小田原・国府津間の拡大図。西の小田原駅からは北に新宿行き小田急線も延びているが、今回はJR東海道線を引き返すように小田原(→鴨宮→)国府津駅となる路線に平行し、海沿いの国道1号線を東に進む。平行してさらに海沿いには高速道路の西湘バイパスが通り、その向こうは海とほぼゼロ距離の砂浜となっていて、小田原駅のすぐ南が観測ポイント1・国府津駅のすぐ南を観測ポイント2として設定しました。
 小田原駅を出てすぐ南を観測ポイント1に設定、そこで見えれば満足して帰る。街の明かりなどで見えにくいようならプランBで国府津まで歩いて、国府津駅のすぐ南の観測ポイント2で再挑戦を期する。
 横浜・国府津間をただ往復してもいいのだけど、往路は(料金もさほど変わらない)横浜から相鉄線で海老名・海老名から小田急線で小田原をゴールにするルートで、海老名にも少し立ち寄ってみました。訪ねるのは数十年ぶりですが、駅前の商業施設群の中になぜか建てられた七重の塔は健在でした。
 海老名駅前。左右の商業施設にサンドイッチされ谷間のように延びた遊歩道の奥に、朱塗りの七重の塔が見える
 小田原も駅の外に出るのは十年単位の久しぶり。もともと城下町ということもあり、駅周辺の面白そうな感じは海老名の比ではないですね(すまん海老名)…本来ならもっとゆっくり、涼しい季節に観光したい場所ではありますが、ろくろく写真も撮らず海のほうへ(すまん小田原)。
 国道1号を横切る前から繁華なお店や街並みは絶え、横切ってからは戸建ての住宅ばかりが並ぶヒッソリした(けれど蒸し暑い)区画・西湘バイパスをくぐる人用の小さなトンネルをスマートフォンのライトで照らしながら抜けると、そこはもう砂浜。なるほど真っ暗。高架の高速道の明かりが砂浜に灰色の帶を作っている他は、みごとに真っ暗です。ここで空を見上げ、20分くらいは夜目が利くまで試してみようと頑張った結果…
 左:西湘バイパス。細い手すりのついた下り石段の先は、真っ黒な四角い歩行者用トンネル。右:くぐって出た砂浜。真っ暗で空と海の区別もつきません。
 結論を言いましょう。ここで天の川が観れるのは視力がいい人だけです
 思えば自分、この方面に関してはとことん「持ってない」んですわ。76年に一度くるハレー彗星も肉眼で確認は出来なかったし、毎冬の何とか流星群もロクに拝めた憶えがない。数年前、やはり地元ヨコハマの近場で夏の夜に螢が観られるという公園に出向いて空振ったことも思い出される。もっと言うと15年くらい前にメンタルを壊して退職して、休養も兼ねて18きっぷで長野→金沢→京都と廻ったとき(鬱のときに旅行は良くないとされていますが結果的には安らぎました)長野県の善光寺で地下に潜って真っ暗な道を進み、掘られた土の何処かに下がってるという鍵に手探りで触れればラッキーとか何とかいうアトラクション(語弊)に挑むも、やはりメンタルが回復してなかったか(てゆか自分メンタルが万全な時ってあるのか)暗闇の中でパニクってしまい、鍵どころじゃなく慌てて出てきたことが遺恨として残っている。
 最後の鍵はともかくとして自分、暗闇で何かを探したり観察するのに必要なギフト=視力には子どもの頃から恵まれていない。だから星座を憶えたりすることもなく、現に7月の夜空を見上げても「どれがデネブ?アルタイル?ベガ?」状態。
 真っ暗な夜空にiPhoneSEのカメラを向けても、ほとんど星は写らず。
 念のため持参した双眼鏡も役には立たず、iPhoneのカメラもSEの単レンズではごらんのとおり。言い替えるとメガネをかけた自分の肉眼と使ってるスマートフォンのカメラ、肉眼が少し良いくらいでドッコイどっこい・「分相応」というフレーズが似合うレベルでしたわ…1月に紹介した乗り鉄氏のカメラはキレイに天の川を捉えているし、肉眼での視力も恵まれているのでしょう。あ、そか、自分「持ってない」んだ…と気づかされるのは(ふだん持ってるものに感謝して、そっちばかり追求してるので)たまになら自分の足を地べたに戻してくれる、それはそれで有益な体験と言えるでしょう。いや負け惜しみじゃなしに
 終電より2本か3本前に帰れると踏んで、プランBを決行すべく歩いて国府津へ。まあこちらも無理でした。思い出してみると周囲の暗さという意味では昨年の晩秋に鎌倉の由比ヶ浜に出たときも同じくらいの寄る辺ない暗闇は堪能できた気がするので、んー、足元は暗くても空に照り映える地上の明かりとか、やっぱりまだ「過ぎる」んでしょうな。来夏以降に再挑戦を期すのなら、今度こそ周囲に小田原みたいな街すらない山奥に向かうべきなのでしょう、少なくとも自分は。(健全な視力をもってる人なら十二分に小田原〜国府津でチャンスはあると思います)
 時間が時間なので名所を回ったり美味しいものを食べたりでもなく、ひたすら蒸し暑い道をテクテク歩く。それがあまり苦にならないこと・そして真っ暗な浜辺に一人で佇めたりするのが、視力のかわりに自分が持ってるギフトなところはあるでしょう。自分がすごく暇人なだけでなく、中年のおっさんであることの(いろんなことを女性ほど警戒しなくていい)有利さは、あるんだろうなと感じますから。
 酒匂川を(もちろん橋の上をですが)歩いて渡ったのも後々いい思い出になるでしょう。黒澤明の映画『天国と地獄』で誘拐の身代金が入ったトランクを「酒匂川の上を通過するとき列車の窓から投げ落とせ」と指示される、あの(?)酒匂川です。こういう記憶で何とか楽しめちゃうのも、まあギフト。

 もう少し小さな川をまたぐ処では、釣り人たちが夜釣りを楽しんでいました。それもまた「僕の知らない物語」僕が選べなかった・選ばれなかった・たぶん今後も選び選ばれることはないだろうタイプのギフト。
 誰の生もギフトであり、そしてギフトだと満足できる生でありますように。
 小田原にはいずれまた、涼しい時に。善光寺は、んー再挑戦できるかなあ、実はずっと惜しんでるんだけど。

小ネタ拾遺・25年7月(25.08.03)

(25.07.02)今年の半夏生は7月1日(例年は7/2)。平日にタコ焼きを焼く余裕はなく冷凍品のレンチンで済ませましたが紅生姜で意外なほどハッピーな味に。多幸焼き。
ソース、やや色あせたアオサ、かつぶし、みずみずしい紅生姜を載せた冷凍たこ焼きレンチン済み。

(25.07.06)タコといえば最近なぜかタコ(Taco)の「踊るリッツの夜」が自分の中で再ブーム中なんですわ。「ホワイト・クリスマス」などで知られる米ミュージカル界の巨匠アーヴィング・バーリンが1927年に書いて、フレッド・アステアなども歌ってるスタンダード・ナンバーを80年代シンセ・ポップにアレンジした楽曲。美声と濃ゆいキャラ、本篇より音楽的に饒舌なアウトロ(ホワイト・クリスマスのメロディなんかも混入してるので、たぶんバーリン・メドレーみたいになってるんだと思います)と、なんど噛んでも味が出ます、Tacoだけに。
 
 白人が顔を黒塗りにした「ミンストレル・ショー」の芸人をサビにフィーチャーしていたのが問題になって一時期お蔵入りになっていたMV、該当部分を差し替えたバージョンでの再公開ですね…タコさんは現在も御健在のようで好し。

(25.07.12追記)タコ版「踊るリッツの夜」たぶんミュージカル曲のメドレーになってる後半が面白いとか書いたけど「たぶん」じゃなくて終盤の核になってる「gotta dance(踊ろう、踊らずにいられない)」自分よく知ってた『雨に歌えば』の「ブロードウェイ・メロディ」じゃないですかやだー←気づかされるのが遅い
 
初めて観たころ『2001年宇宙の旅』のパロディで、黒い石板が(ジャジャーン・デンドンデンドンの代わりに)「gotta dance(踊れ)」と呼びかけて最初の選ばれたヒトザル(ジーン・ケリー)が「gotta dance, gotta dance(踊ろう、踊らずにいられない)」と応え、ヒトザルみんなで踊り出す映像を作れないか、作れるわきゃないと思ってたけど、AIが発達した今もしくは後数年で作れるようにならないかな。ならないか。そっち方向には行かない気がするんだよなAI。
 2コマまんが形式で書いた「踊れ」と呼びかけるモノリスと、ひざまづいて「踊ろう、踊らずにいられない」と歌うムーンウォッチャー。周囲にいる他のヒトザルたちも、この後踊り出す。
「思ったとおりのイメージを簡単に形にできる」ではなく「どうすべきかはAIが按配するので出来上がったモノをプロっぽい!と喜びなさい」て感じが強いんですよね。「ハムエッグを手際よく作りたいんだよね→そんなあなたに完璧なオムライス」AI以前からそういう印象。
(08.03追記)そして実はTacoさん、7/21が御年70歳の誕生日で、新しいステージ映像をアップされたました。インドネシア系なんですね。オランダのショウビズ界を悠々と泳いでた御様子。タコだけに←もういいから
Taco - Puttin'On The Ritz (Symphonic Version)(YouTube/外部リンクが開きます)

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(25.07.05)もう二年以上、一日一回のクリック募金でパレスチナ支援を続けてるのだけど、だいたい朝起きてクリックしてるのが、たまに夜更かしして日付をまたいだ時「あ、募金募金」とページを開いて「ありがとうございます!あなたの今日のクリックは済んでます」と表示されるのをみて「そうか、日本時間じゃないんだ」と今さら思い至るなど。発信元はレバノンで(UNRWA=国連パレスチナ難民救済事業機関に寄付されます)冬季の時差は7時間・サマータイムだと6時間、つまり日本で朝6時か7時に向こうの日付が変わる。地球の丸さを思う。
(ちなみに)この募金を知ったのはSNS経由だったのだけど「一回のクリックで1米ドルが寄付される」というデマつきの拡散で、そんな馬鹿なと確認したら全然ちがって(いろいろ変動するのだけど今年の第一四半期だと10クリックで1円くらい=世界中の心を痛める人たちが毎日か思い出した時にかクリックして、四半期でようやく20万円相当。二年前にはまだ寄付できるほどのクリック数が集まらず、地元の?企業が積み増しをしていた)(あ、うん、今だってクリック数に応じてそれらのスポンサーが実際のお金を出してくれてるのだとは思うよ)その後SNSで訂正が出回ることもなかったので、僕はクリックは続けて、かわりにSNSから距離を置くようになった。なんだか今日は大災害が起きると漫画で予言された日だそうで、思い出した次第。僕も含め、人はそんなフルタイムで理性的に判断できる生き物ではないよ。

(25.07.08)いま仕事で通ってる池袋はソコソコおたくの街なので無地に大きく「不登校」あるいは「脱退」と書かれたアニメ『ガールズバンドクライ』の劇中登場Tシャツは(着てる人こみで)見かけたことがある…どうせ着るならドラムのスバルちゃんが着せられてた「嘘つき」が一番イケてると思うのだけど、アレかな、道に迷ってる人を助けるのに「○○ならこう行ってこうですよ」と案内しても信じてもらえなさそうなのがネックなのかな。
(25.07.17)元はベトナム戦争で米軍がとった戦術名だという「SEARCH AND DESTROY」(ヘリでサーチしてデストロイ=索敵殲滅)が元ネタらしいSKATE AND DESTROYなるロゴに、どう見てもキルロイ参上(20年12月の日記参照)が元ネタっぽいカットをあしらったリュックサックを街で見かけて
スラッシャー SKATE AND DESTROY リュックサック(Yahoo!ショッピング/外部リンクが開きます)
すでに持ってて気に入ってるひとには申し訳ないけど、あんまり好い趣味ではないなあと思ってしまったし(デストロイも何かに置き換えてほしかった)
まあ個人的にはこっちのが500倍好み。台北で2017年に撮影した「KEEP CALM AND CURRY ON」というカレー屋のポスター。
たぶん元ネタの存在も知らずに使用してる人が大半なのも(好悪は措いても)もったいない…
劉慈斤のSF小説『三体』シリーズの完結篇『死神永生』に着てる服が全身液晶ディスプレイみたいになっててTikTok的なモノを流し続けてる未来人が登場するのを「えげつなー」と思いながら読んだけど、21世紀の現代人も(柄が動かないだけで)してることは変わらない。大半のひとが「ここに書かれていることに私は責任を持ちません。私には思想も主義も主張もありません」というメッセージを全力で放っている。

(25.07.07)ふだんづかいできそうな反差別Tシャツ、あれば自分が便利なので作りました。同人誌の電子書籍ほどお安くはないので安易に「買って」などとは言いませんが(原価販売なので売れても自分の儲けにはならない)地味なほうが表で、わりとしっかりめの厚さです。下の画像か、こちらから。NO RACISMねこTシャツ・販売ページへのリンク画像
(SUZURI/選べるカラー/4,268円+送料/外部サイトが開きます)

(25.07.10)最近Tシャツで感心したのは地元ヨコハマの下町あたり?を歩いてたら横を自転車でスイーと抜き去っていった70は過ぎてるだろう白髪男性が着てたのが、よくある野球のユニフォーム風のTシャツ・でも週末よく見かけるベイスターズ柄ではなくオレンジに緑の文字で背番号11、上に書かれた名前はCIPIN…し、シピン!?いや、そもそも自分がシピンを知ってるのも変な話なんですけど(野球ぜんぜん関心ないのにパチョレックとかモッカとか梵(そよぎ)とか個性的な名前だけ憶えてる)その自分にして「巨人のシピン」しか知らなかったけど、移籍前は長く大洋ホエールズで活躍してたんですね…調べたら数年前に作られた非公式グッズらしかったけど、よくそんなもん供給しようと思ったなだし、それが(たぶん)正しく需要されてるのが何だか嬉しくなってしまったのである。70過ぎて「おっ大洋時代のシピンのTシャツ、買うしか」と思ったならフットワーク軽すぎるし(善哉)、もしかしたらお子さんやお孫さんあたりが面白がってプレゼントしたのかも。

(25.07.13)反差別ねこTシャツ、自分の分が届いたので最初の着用は参院選の期日前投票に。投票証明書がVTuber「にじさんじ」とのタイアップに変わっていて、ん、んーまあ従前のレザック66で喜んでいたのは同人誌の印刷料金を郵便小為替で送ってた時代を知る古(いにしえ)のオタクくらいか…
 STOP RACISM STAY TOGETHERのロゴをあしらったTシャツの上に載せた投票証明書と、キャロットケーキ。
投票の義務を果たしたら自分にケーキを許していいルールに則り、投票場所から徒歩15分の東白楽まで歩いて焼き菓子店のキャロットケーキを買ってきました。帰りは電車に乗って。

(25.07.20)十年くらい前?選挙割・投票割を始めた個人営業の店主の人たちは差別主義者たちが「投票しました!褒めてください」とばかりに大手を振りかねない今「こういうことを望んでたわけじゃない」と苦悶してるかも知れない…などと他人様の心情を勝手に捏造してはいけないのだけど
6年前に自分が描いた「(一人一票という)特権を搾取じゃない目的に使うすべを習得しないと僕たちにはたぶん先がない」という啓発まんが、少し前に騒がれた「○月○日に天災が起きる」よりずっと「予言」としては当たってたんじゃないかな…独立して読めるようにしときました。直下の画像をクリックorタップ、またはこちらから。

こうして過去の栄光(笑。でもなかったか、結局「予言」は当たってしまったわけだし)を掘り起こすより今は今の積み原稿にペンを入れろよ自分とも思うのですが、逆に当時これを描ける時に描いといて良かった気もしています。人が作家として表現できる時間て、いつでも潤沢にあるとは限らない。

(25.07.24)当人は否定とも伝えられてる(参考:首相は退陣報道を否定(しかし…)という24日午前6時・東京新聞の記事/外部リンクが開きます)石破氏の去就。これが「飛ばし」なら第一報といわれる毎日新聞は大正の次の元号を「光文」とスッパ抜いた世紀の誤報事件からピッタリ百年での再やらかし、そんなところでアニバーサリーを狙ってどうする。実は光文に決まっていたがスッパ抜かれたので急遽「昭和」に差し替えたという説はWikipediaの記事(外部)ではハッキリ否定されているが、さて今回は。
(25.08.03追記)常日頃ぼーっとしてるんで見落としただけかも知れませんが号外まで出した「首相退陣へ」誤報でした、の訂正って出てなくない?新聞が「首相退陣だってよ」→本人が否定→「でもそのうち辞めるでしょ」「だから間違ってない」「そうだそうだ」「辞めろ辞めろ」て、他所の国の話だったら「あの国、終わってるな」となるんじゃないの辞める辞めない以前の問題として。

      *     *     *
国は終わるが粛々とキャラバンを進めます。
(25.07.14)牛丼太郎って実店舗は初めて見た、意外と見ないよねと後で調べたら「見ない」も何もチェーン自体は既に消滅しており「丼太郎」と名前を変えた独立店舗が茗荷谷に残るだけだという…言われてみれば「牛」の字が妙に見えにくいと思ったのは意図的に消した体裁だったらしく、そしてココは確かに茗荷谷。さいきん池袋から小石川を経て本郷方面に(徒歩で)向かうルートを開拓中で、その途上で見つけたお店でした。
 サラダ・牛丼・お味噌汁のセットに単品のキムチ画像。牛だけ赤く消された(見せ消し)丼太郎の看板。金太郎風のキャラが描かれた丼。地図。池袋から茗荷谷は徒歩40分くらい。後楽園・御徒町へと道は続く。
他の大手チェーンの良くも悪しくも規格化された感のある牛丼に比べ、なんとなく手作り感があって(もしソレがチェーン展開当時からの特色だったとしたら、それは撤退の一因だったかも知れないが)たまに食べるなら、こういうお店のほうが好いかも知れない。相変わらず(比較的)安上がりに人生を満喫しています。

(25.07.19)先日の折り返し点・茗荷谷を今度はそのまま通過して昨晩は東京ドームまで。目当てはドーム北にある麺屋のラムまぜそば―「まぜひつじ」で検索すると出てくると思います。スパイシーな味つけに味変の甘酢がまた合う、無料の追い胡椒飯を投じると辛くないカレーみたいで最後まで○。ガッツリめの夕食に。
 左:今回の行程図。池袋から茗荷谷を経て本郷方面の手前・東京ドームで斜めに引き返し大久保方面…よりは北寄りのルート=神楽坂経由で西早稲田に戻りました。中:一直線に大久保方面を示す道路案内板。右:まぜひつじ画像。
さて帰路。来た道を引き返すのは流石につまらないので東京ドーム前・一本南の道を戻ったら何処に行くのかなと思ったら「十字路で直進は何処そこ・左右はどう」みたいな路線図でなく「ただまっすぐ進むと大久保」というシンプルな道路案内図が。ふーん面白いじゃんと道なりに進むも、途中「でも実はここで大久保行きと高田馬場行きに分かれる」という第二の案内図が現れ、神楽坂を経由する高田馬場ルートへ。
神楽坂といえば「神楽坂はん子」と「神楽坂ゆか」くらいしか知らず(ふつうの人はむしろその二つを知らん)初めて出向いたのですがクリーム地に濃ピンクで「神楽坂」と書かれた提灯が並んで(色が違うだけで赤提灯とは印象だいぶ変わるんだね)瀟洒な通りでした。ブックカフェとかブックバーとかあって、とゆうか期待してなかったんだけど夜のパン屋さん(外部リンクが開きます)にあっさり遭遇。田町店でしか買ったことがなかったので一号店に行けたのはちょっと嬉しい。
 左:夜景に映えるクリーム地の提灯行列。右:右からバスブーサ・キャロットケーキと夜のパン屋さんのパン詰め合わせ。
少し先にはスイーツの持ち帰りも出来るアラビア料理店があり、これも浜松町(田町の隣)を思い出させる。バスブーサと、いい感じのキャロットケーキがあったので持ち帰りました。お釣りはパレスチナ支援の募金箱に。そのまま直進で(横浜行きの副都心線に乗れる)西早稲田まで、斜め往復10kmの小旅行でした。
(同日追記)バスブーサ、いい意味で粒の粗いセモリナ粉に浸みわたったシロップの甘さが、甘さのレベルは違えど確かにあの「グラブジャムン」と地続き・陸続きの食べもんだわと遥かな大地を見はるかす心持ちになる。(人力による要約:甘い)

(25.07.25/こういう話してるのが一番たのしいや)最近は「イモヅル式」で読む本を決めてます。『ゾミア』訳者あとがきが日本の網野史学に言及していたら網野善彦を、網野氏の本が『つぶて』に言及していたら中沢厚(義兄弟なんですね)『つぶて』を…といった感じ。
これは直感で手にしたデルフィーヌ・ミヌーイ戦場の希望の図書館 瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々』(原著2017年/藤田真利子訳2018年→創元ライブラリ2021年)はシリアの首都ダマスカスの郊外・反政府市民の拠点として包囲されたダラヤで、破壊された家々から救い出した本を集めて地下図書館を開いた若者たちの実話。独裁者アサドを讃えるプロパガンダばかり読まされ本じたい忌避していた人たちがイタリアのファンタジー『アルケミスト』やアメリカの自己啓発書『七つの習慣』で初めて「自分自身を大切にすることを教えてくれる本」に出会う。そして人々が同じくらい熱心に手にしたのが…
 『戦場の希望の図書館』書影と、トルコ・イラク・ヨルダン・レバノンに囲まれ西の地中海にはキプロスを臨むシリアと首都ダマスカス(郊外ダラヤ)の地図
ななんと14世紀・イスラム文化が世界最先端だった頃の書物=イブン・ハルドゥーンの『歴史序説』。これは自分も釣られて読む流れでしょ。高校の世界史で科学のイブン・シーナー、旅行家のイブン・バトゥータなんかと一緒に名前だけ憶えた碩学の本を、まさか今生で読む機会がめぐって来ようとは。しかも確認したら『序説』だけで岩波文庫500ページ×全4巻。いや読むよ、読んでやろうじゃないの。「定住民は遊牧民に敗北する」史観でしたっけ。違ったかも知れません。ともあれ上手くすれば西欧の外の歴史哲学に原典で接するチャンス。それなりにワクワクしています。
 書影。『戦場の希望の図書館』の隣に重ねた『歴史序説』1巻・2巻。
『戦場の希望の図書館』同じ実話をもとに別の著者の手で絵本が出版されてるようで、こちらも邦訳を書店で発見。でも今月は予算オーバーにつきコチラは来月以降

(食い気味に同日追記/だからこういう話してるのが一番たのしいんだって)イブン・ハルドゥーン『歴史序説』最初の最初だけ読んで、この書き出し。
「なるほど歴史は、外面的には政治的事件、諸国家、遠い過去に起こった先例などの報告以上のものではない。しかもそれは優雅に語られ、諺で趣を添えられ、むせ返るほど賑やかな会合の話題を提供し、われわれに人間関係を理解させてくれる。状況の変化が人間関係にいかなる影響を及ぼすか、どのようにしてある国家がその領域を広げるか、そして、その国家が勃興し、やがて滅亡するときがくるまで、どのようにして地上にその生命を保たせたかを示してくれる。
 だが、内面的には、歴史は思索であり、真理の探求であり、存在物そのものやその起源の詳細な説明であり、また諸事件の様態とその原因に関する深い知識である。したがって歴史は、哲学に深く根ざしており、哲学の一分派にかぞえるのが適切である」
(森本公誠訳)
ひゅー、カッコいい!よっ、14世紀!!まあ50年前にはイタリアでダンテが『神曲』を、100年前には日本で親鸞が『歎異抄』を書いてたから皆この時期イカしてるんですけどね。

◆◆◆相模原の知的障害者殺傷事件(2016年7月26日)から今日で9年です◆◆◆
働く人たちに手厚く・額に汗する人たちが報われる社会をという(一見もっともらしい)主張は、そうでない=生産性のない・なくなった人間は死なせろという冷酷さと表裏一体です。てゆか前段だって大事なのは生産性であって生産する人たちではない場合を見透かしてください。少子化を停めるため女性に子を生ませろという人たちが現実に子をなしたシングルマザーにおそろしく冷淡なのも(たぶん)そうです。ナチスは国民=アーリア民族の健康増進を訴えましたが、それは戦争で使い勝手のいい規格品をつくるためでした。そしてその「ふつうのドイツ人」の健康増進は、規格にそぐわないユダヤ人やロマ・同性愛者をガス室に送ることと表裏一体だったのです。
(25.08.03追記)ちゃんと行間も読んでね。生産性のない奴なんて「私たち」のために排除すべきでしょと「あなた」に呼びかけるていの動画主も大事なのは「あなた」じゃなくて、「あなた」のことなんか再生数としか見なしてないと、ちゃんと見透かしてねという話をしています。

(25.07.16)さいきん池袋に通ってるらしいことは匂わせつつ具体的に何の仕事をしているか一向に詳らかにしない本サイト主ですが、ここ数日は四小節くらいの短いメロディを脳内で延々とリピートさせながら半世紀前の歌詞にあいつなんか あいつなんか 銀河系まで飛んできゃいいのにいや此処も銀河系なんだけどね?と脳内で都度都度ツッコミを入れる仕事に従事しています。この仕事をしてるひと(同僚?)けっこう多いかも、とくに理屈っぽい中高年に。
第2話「誤発進」アニメ『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』本編(YouTube/外部リンクが開きます)
あ、でも自分は血だひとことだけの台詞に「わー金元さんだ」と喜ぶ担当で他の同僚とは(たぶん)部署が違う。

(25.07.28)前にも書いてるとおり自分いや拙僧、カンペキ後ろに撫でつけたオールバックがハラリと崩れるの大好き坊主なんですけど、まさかファイヤキャンドル隊長でも拝めるとは
 部下の戦闘員と「絆フォーエバー」プリクラを撮る敵幹部・ファイヤキャンドルさんと、彼の無事を喜ぶ同僚ブーケ様(優勝)のイラスト
より強大な力を求めて闇落ちした仲間を案じるブーケ嬢(いや二人とも悪の幹部なんだけど)ここ二話ほど通して「慈愛のブーケ」の二つ名に恥じない天使ぶりでしたが「ファイヤキャンドルさんをお守りください」と推しアイドル(しかも気づいてないけど敵戦隊メンバー)の祭壇に祈るあたり、どうにも天然。
ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー:ストーリー第23話「孤独な超新星(スター)、覚醒ウルフ!」(テレ朝公式/外部リンクが開きます)
しかし主人公(吠きゅん)演技が柔らかくなったよね…彼を筆頭に新人の演技がまだまだ硬かったスタート当初、こなれた実力と顔芸で皆を引っ張っていた(あと、ひねくれたヒーロー側が「なんだかだ言って実はみんなイイやつ」と視聴者に受け容れられるまでの間)こっちのが善良なんじゃない?という性格の良さで話を支えた功労者キャンドルさんが中盤で自滅退場しなくて良かったです。

(25.07.29)良い小ネタと悪い小ネタがある。
まず良い方。ビッグイシューの最新号、あ、もうじき「最新1号前」になるけど7/15発売の507号(外部リンクが開きます)久しぶりに?裏表紙がタイの俳優さん。推しの誕生日に有志がお金を出して駅なんかにおめでとう広告を出す風習、すっかり日本でも定着したけど、ビッグイシューに広告を出すのがタイのスター(のファン)が多いのは本国でそうゆうチャリティー文化が根づいてるから、なのかしら。今回は俳優「テー(愛称)」ことタワン・ウィホクラットさんで、献血の呼びかけまでセット。やるなあ、そしておめでとうございます。
 マイクを握る「テー」さんと、はじける笑顔をフィーチャーしたビッグイシュー507号の裏表紙画像と「あなたの健康をタンブン(喜捨)しませんか?という献血プロジェクトのお知らせ」
んで、少なくとも僕にはあまり良いとは思えない話。参院選から間を置かず今週末8/3は横浜市長選なのだけど、届いた選挙公報を見たら立候補者6名のうち二人が「横浜市民ファースト」「横浜市民第一主義」をスローガンに掲げ、具体的な施策として宿泊税の導入を公約にしている。アメリカファーストとか日本人ファーストみたいなの、(国に比べたら)小さな自治体にトリクルダウンしてくると、こんな感じになるんだけど、皆こういうふうになってほしかった?僕はなんだか浅ましくてやるせないし、地方領主が割拠して争う封建時代の良くない処ばかりがリバイバルするみたいで感心しないんだけど。刀や鉄砲で戦うかわりに宿泊税を課しあうの。しかもそれが「民意」主権者たる市民の総意でそうなるとかサ(まあ二人とも勝たないと思うけど)。What do you say?
(25.07.30追記)「真逆」とは違うかも知れないが。
「市民ファースト」と「横浜市民ファースト」頭に地名をつけただけで、ニュアンス真逆なんですわ…(苦い表情をした羊帽の女の子「ひつじちゃん」の挿し絵を添えて。)

(25.07.31)ヤバい、ヤバい、Here Come Julyを一度も聴くことなしに7月終わっちゃうところだった(CD持ってます)。これじゃHere Goes Julyだよ…Here Go?月名は三単元じゃない扱いなの?…謎を残して7月が飛び去っていく。主観的には何ひとつ出来ず、生きてるだけで精一杯でした。
 Scritti Politti - Here Come July(外部リンクが開きます)
※まあ暑いわりに頑張って歩いたけどね。あと仕事のある平日すべて昼食は自分でお弁当(つうても本当に簡単なものだが)用意した。
(追記)などと言ってたら8月に入ったとたん作ったお弁当を自宅に忘れる失態。それも新しく買った汗拭きシートがズッシリ重いのを「ん…重い、荷物にお弁当ちゃんと入ってるな」と誤認したという…
 やむなくコンビニで買ったおにぎりと、件の汗拭きシートの写真。
 

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